はじめまして

はじめまして!

私は、27歳。

ハンドルネームは山桃(やまもも)です。 

 

軽く自己紹介をします。

 

私は、子供の頃から

 みんなが普通にできることができなかった。

 

例えば、

 1. みんなでゲームをしていて、コントローラーを次の人に渡すと、

「お前の触ったあと、汗でヌルヌルしてるんだけど!ふざけんな!」

と言われた。

みんなヌルヌルしないのに、なぜ私だけヌルヌルさせてしまうんだろう。と思い悩んだ。

2.  小学五年生まで自転車に乗れなくて、自転車の後ろを走って追いかけた。

 

3.1+1=2だと教えられるけど、それがまったく理解できず

「1+1=11(に)」でしょ!!」と母親と喧嘩した。

 

 

「なんで他の人はできるのに、自分はできないんだろう」

という思いが、少年時代をついて回った。

自分は、同じ人間ではないように思えた。

 

そんな思いを軸に、エピソード形式で、人生紹介を。

 

 

 

 

  • エピソード1:追いかけてくるヤリの壁

比べられることの多い学生時代はとにかく辛かった。

追いかかけてくるヤリの壁

まるで、後ろからヤリの壁が迫ってきていて、背中を刺してくる感じ。f:id:ningen2:20170827102711j:plain

皆は、点にみえるほど前方にいるから、そんなヤリの壁のこと気にもとめない。

「あんなヤリに刺さるやつは、自業自得だ」という感じ。

そして、私は、速く走れる彼らが、とにかく羨ましかった。

見事に私は突き刺さり、突き刺さったまま、壁と一緒に移動した。痛いけれど、自分で走るよりは速い。だから、突き刺さったままでいる。f:id:ningen2:20170827102712j:plain

努力すると、それができない歯がゆさから、劣等感を常に感じてしまう。

それは私にとってとても辛いことだった。だから、勉強や運動の努力もせず、ただ何も考えず日々を過ごした。

そんな学生時代。

 

 

  • エピソード2:大人が刺してきた、成人という名のナイフ

高校卒業の時期になり、急にヤリの壁は消えた。

すると、急に、助けを呼んでも現れなかった大人たちが現れ、「君たちは、これから好きに生きてください。でも、働いてください」と言ってきた。

そして、「成人」という名のナイフで腹を刺してきた。

「成人ナイフ」の柄の部分には、チューブが繋いであり、そこから、我々の血を吸引する。この血で、みんなが生きられるらしいとのこと。

高卒で働いて一か月。「成人ナイフ」が痛すぎて、この痛みが取り除けるならば、死んでも構わないと、「成人ナイフ」を抜き取った。

すると、ニートになった。

 

  • エピソード3:ニートの口実、漫画家

私は「漫画家になる」という口実を作り、働くのをやめた。

漫画なんて一度も書いたことがなかった。絵も、少し他の人よりは描いていたけれど、褒められるほどではない。でも、絵にはなぜか自信があった。

きっとそれは、誰からも比べられたことがなかったからだ。

一度、美術の先生に

「君は、線が良い」と言われたのを、絶対に忘れない。

そこだけに私の光があった。

「私は、もしかしたら絵の才能があるかもしれない」と思い込み、漫画を描き始めた。

もちろん芽はでなかった。働かなくていい口実の夢なんて、芽が出るはずない。

 

  • エピソード4:この世界では働かないものは湯婆(ゆばーば)に豚にされる。

ニートになって、1年たった19歳の時、親に「もう働かないと、社会に戻れなくなるよ」と言われる。

「働かなければ生きていけない」ということを知る。

こんな当たり前のこと、言われなくても普通はわかるはずだけど、

私は普通にできることがまったくできなかった。

「このまま外に放り出されたら、死ぬ」という生命の危機を感じて、ようやく「働かなければ死ぬ」ということを事実として感じられた。

しかし、それがわかっても、私の心はまだ環境の急激な変化に対応できていなくて、未成熟だった。社会に出ることなどできる状態ではなかった。

 

  • エピソード5:生きるために人格を増やす

だから、私は社会に出るための「もう一つの人格」を私の中に作った。

いままでの「子供の人格」を守るための「大人の人格」だ。

ここからは、「子供の人格」をベム。「大人の人格」を男は、ベロ。女は、ベラと呼ぶことにする。

ベムは、創造的で純粋で、したいこととしたくないことがはっきりしている。人間が大好きで、人間と仲良くなりたいと思っているけれど、うまくできないのでいつも「にんげんになりたい」と嘆いている。これが、今までの人格。

この子供っぽい人格(ベム)を、成人する過程で失われなければいけなかった。

私は、ベムのもつ子供っぽさが大好きで、それを失いたくなかった。

だから、かわりに別の人格を作り、彼らに成人の役割を担ってもらうことにした。

ベムの性格を変えるという方法は取らずに。

そして、ベロとベラが生まれた。ベロは、父性で、ベラは母性。二人は、ベムの子供っぽさを愛していている。それを守るために、本質的にはもっているベムのような純粋さを犠牲にして、人間になっている。人間でいるのは、少し辛いけど、ベムを守るためなら仕方がない。「にんげんになりたい」といつも嘆いているベムに対して、「そんなにいいものじゃない」と教え、ベムの持っている純粋さこそ大事にすべきだと伝え続けている。

成人は、親から離れる儀式だ。私はそれができなかった。

だから、自らの中に両親と呼べるような存在を作った。

一つの人間に、いくつもの人格というのはおかしい気もするけれど、

臨機応変に対応できない人間にとって、この世界は矛盾だらけで、予測できないことが多すぎる。だから、いろんなことに対応できる人格を作っておくしかなかった。

人格ははっきりしたものじゃなくて、意図的に辛いときは、人格がたくさんあることに思うという程度。それでもだいぶ楽だ。

 

  • エピソード6:現在

今は、農家でバイトをしながら、絵や文などを書いて暮らしています。

安定した職業についているわけではないけど、

義務教育という、安定した檻に入っていたときより、幸せです。

自らで選び、自らの責任を取る。誰のせいにもできない人生。

自由というのは、選択できることを言うのだと私は思いました。

だから、私は自由に生きています。幸せです。

 f:id:ningen2:20170827103503j:plain

脱線してしまったけど、こんなのが私です。