(名言)心に衝撃が走ったライナー・マリア・リルケ3つの言葉と、心にきた理由

ライナー・マリア・リルケ - Wikipedia

 

 Rainer Maria Rilke, 1900.jpg  

誕生 ルネ・マリア・リルケ
1875年12月4日
Flag of Austria-Hungary (1869-1918).svg オーストリア=ハンガリー帝国プラハ
死没 1926年12月29日(満51歳没)
スイスの旗 スイス、ヴァル・モン
職業 詩人作家
国籍  オーストリア
文学活動 印象主義象徴主義
代表作 『時祷詩集』(1905年)
『新詩集』(1907年)
マルテの手記』(1910年)
ドゥイノの悲歌』(1923年)
オルフォイスへのソネット』(1923年)

彼の言葉は、今まで聞いてきた偉人の言葉よりも、厳しかった。

しかし、どの偉人の言葉よりも、親の優しさを感じられた。

そんなリルケの言葉に、心にきた理由を添える。

 ・幼年時代を持つということは、
一つの生を生きる前に、無数の生を生きるということである。

「パリの手紙」より

 

幼年時代というのは、途方もない経験の中に生きている。

大人では考えられないほどの経験を一瞬のうちに感じるのだ。

だから私は、子供たちに優しくありたいと思う。

 

・あなたの孤独は広くなり、次第にあかるくなる住まいになって、他の人々のたてる騒音は、その住まいの遠くを通り過ぎることになるでしょう。

「若き詩人への手紙」より

 

私は、この言葉を聞くまで、孤独というものは恐ろしいものであると思っていた。

だけど、考えれば、私は、孤独を必要としていた。

それは自分の時間、自分と向き合う時間だ。

喧騒の中では、自分自身を見失いがちだ。

そんなとき、孤独をおそれずに孤独を愛しても、それは恐ろしいものではなく、自分を広げ、周りの暴言などささいなことのように思える人間になれるのかもしれない。

この言葉を思い出すと、私は孤独を愛せる。

今のままの自分を愛せるのだ。

 

・大切なことは生きていることであった。それがなによりも、大切なことであった。

「マルテの手記」より

 

私はニートになったとき、死んでしまおうと思い、河川敷に立ったことがある。

結局、恐れをなして行動はふいの終わったのだけれど、もしかしたらあの時、なにかの偶然で死んでいたら、今の喜びはないのだと思う。

蛇足のように思えてもいい。生きていれば、何か面白いことに出会える機会があるかもしれない。

「そうだね、リルケ。生きてみるよ」辛いときは、この言葉を思い出し、生きてみる。