(思い出)絵を描くことが私にもたらしてくれた幸福

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私は、観葉植物を机の上に置き、右から自然光を入れ、スケッチをする。

 

私は27歳。

14歳(中学2年生)から絵を描いてきた。

数えてみれば、もう13年。文字にすれば、短いような長いような。

しかし、その人生は一言では言い切れない人生だったように思う。

もしかしたら絵が、今の幸福な人生に導いてくれたのかもしれない。

 

初めて絵というものを意識したのは、小学5年生。

どこのクラスにでもいるであろう、絵のうまい男の子がいた。

彼はその才能を生かし、友人たちを魅了していた。

みな、彼に好きなものを描いてもらい、喜んでいた。

まるで彼は、有名漫画家のようだ。

私は、魅了されていたが、輪に入れず、外から眺めていた。

 

中学2年生になり、性の目覚めを向かえる。

私は、漫画の絵から性に目覚めた。

そしてこう思った

「自分でエロい絵を描けば、無限にエロい絵がみれる」

まさか、こんな初期衝動で、13年間も絵を描き続け、

それを人生の柱にするとは、この時は思ってもいなかった。

 

私は必死に全裸の女性を描いた!

だが、都合のいいようにはいかず、

私の描いた絵は、下手すぎて女性でもなければ、人間ですらない。

 

まいった。

途方にくれる言葉を何度もつぶやいた。

エロい絵をかきながら眠ってしまい、朝起きて

「まずい!!親にばれた!!」

と心臓が何度も止まりそうになった。

 

それでも、ひそひそと、私はエロい絵を描き続けるのだった。

目的の性的興奮については、描き終わった絵をみるときよりも、女体を研究して「こういう線かな?」と考えているときが一番興奮した。

 

私の絵に革新が起きる。

時代は、中学2年生。

女性への性の目覚めと同時に、男性としての性の目覚めが訪れている。

私は、つよい男に憧れていた。

絵は、全裸の女の子から、上半身裸で剣を持った男へ。

(今では、男ばっかり描いているせいで、女性がかけなくなってしまった)

絵というのは、そのときの趣味を反映させるものだ。

だから、描く女の子の変化も

全裸の女の子→服を着ているほうがチラリズムでエロいので服を着た女の子→ボーイッシュな女の子→髪の毛黒髪ロングの清楚な女の子という感じだ。面白い。

 

ちょっと脱線してしまった。

 

そうやって私は絵を描き続け、農業系高校に進学し、勉強もせずに絵を描いていた。

女の子→少年→おっさん→建物→風景→植物

 

このころになると、私は親の目を盗んでひそひそと絵を描かなくなった。

堂々と、絵を描いていた。

これが、私に絵がもたらしてくれた幸福。

 

絵というのは自己表現で(たとえば、趣味がばれてしまう)

人にみせるというのは、恥ずかしい。

私は、少年時代そういう自己表現するのが恥ずかしかった。

けれど、絵を描くことによって、自己表現の羞恥心よりも、

自己表現によって得られる喜びが勝つようになった。

私は、どんなに下手なことでも、挑戦するようになった。

 

これは本当に大きなことだった。

 

たしかに、世間的には、絵に夢をみたせいでフリーターではあるけれど、

私は幸せなのだ。