(ニュース)「9月1日の自殺」を読んで、思ったこと

 

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「9月1日の自殺」とは、夏休みが終わり、学校が始まることによって9月1日が、一年の中で子供の自殺者数が突出して多い問題のことだ。

上記のニュースの中で、私は一つの言葉に感じ入った。

 石井さんは不登校経験者を何百人も取材したが、どん詰まりの状態から抜け出せるかどうかのポイントは「最後まで話を聞いてくれる人に出会ったかどうか」だという。 

・話をきいてもらうことの重要性

「最後まで話を聞いてくれる人に出会ったかどうか」

ほんとうにその通りだと思う

私は、中学生の頃、劣等感を浴び、毎日殴られていたが、

 

ネットで、

年上の、話をきいてくれる大人たちに出会った。

私は、自分の好きなことや、嫌いなことをとにかく話しまくった記憶がある。(今思えば、迷惑なレベルだった(笑)

 

それだけが日々の楽しみで、頭の中にあるのは、話を聞いてくれる大人たちのことだった。

心配をかけたくはなかったのと、いじめられている恥ずかしさで、殴られていることなどは相談できなかったが、趣味の話を笑って聞いてくれるだけで私は心が救われた。

私の場合、軽度な問題だったので、これだけで救われたのかもしれない。

けれど、人というのは、人に自分の話をして、聞いてもらえるだけで、

この上ない喜びを感じることができるのだ。

 

この「話を聞いてもらう」ことの素晴らしさは、話をきいてもらって、ただ承認欲求を満たすだけの話ではない。

私は、自分の好きな話を、相手かまわず、ひっちゃかめっちゃかした後、

晴れやかな思いになり、いままでモヤのかかっていた眼前が開けたようだった。

そして、そのネットであった年上の素晴らしい大人たちを、はっきりとみすえ

 

「ああ、この人たちの素晴らしいところを取り込みたい」

                   と切に思った。

 

1、女性の芸術家

ある一人の年上の女性は、芸術家だった。

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詩を書き、絵を描き、路上で音楽を弾き語る、

 

私は同じように

へたくそな詩を書き(今思い出すと、ストレートすぎて恥ずかしい言葉ばかりだった)

絵を描き(性的に目覚めていたので、エロい絵を)

自分でつくった歌をラジカセに吹き込んだ(思っていた声と違って驚いた記憶)

 

その大人は表現を恥ずかしがらず、まっすぐな言葉で、一時一時に喜びを感じていた。

「ああ、うらやましい。なんて幸せそうに生きているのだろう」

私が今の自由人のような生き方をおそれずできるのは、あのどんな死に方をしたとしても絶対に幸せ者である芸術家を目の当たりにしたからだろう。

 

2.オモシロ関西、お兄さん

もう一人の大人は、おもしろい関西のお兄さん

出会った場所は、チャットルームと呼ばれるような場所で大人数で会話を行うところだった。そこで、オモシロ兄さんは、今までにみたことないほど面白い人だった。

同級生にも「お前、おもしろいなー」と言われるやつがいたけれど、

本物をみた。いつも4人くらいの人間がいて、オモシロ兄さんは、トークをうまく回し、盛り下がってくると自分の持ちネタ(?)で場をまたホットにさせるのだった。

私は思った。

「ああ、うらやましい。俺もあんな風に人を笑わせたい。人の内面を輝かせる、あの太陽のような存在になりたい。」

私は、それから1年間、ネットの中で、関西弁になった。

 

これ以外にも、たくさんの出会いがあった。

素晴らしい出会いが。

 

私は、思う。

子供に憧れられるようになりたいならば、

子供の話を聞いてあげなければ。と

 

それができるように私はなりたい。