(考察)道徳抜きで感情まかせに怒ってはいけない理由

私は、誰かが失敗して怒るとき。

相手に「それをしてはいけない理由」を述べるだけでは、相手の心に刻まれないだろうと思い、「感情を表に出して、相手に伝える」ということをしました。

私はそのほうが、相手に伝わり、相手の記憶に残るのだと思っていました。

 

ちょっと、話が変わります。

私は、漫画を描くのですが、

漫画を研究していたら、「感情は情報量が多い」ということに気づきました。

 

どういうことか。

漫画で、よく現れる状況説明のシーン(推理物などに多い)を例にとって、説明します。

 

例)状況説明している図

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この中で一番、状況説明を理解しやすいのはどれでしょう?

きっと「C」のはずです。逆に、状況説明を理解しにくいのは「A」

 

これは、

「感情という情報が存在している」からです。

人は、情報量が多いと、なにひとつ情報を理解できなくなります。

状況説明という情報の多いシーンに、感情という情報を入れると、情報が多すぎて、読者に伝わらないのです。

 

「A」

感情を爆発させ、感情の情報量が一番多い状態。人は、感情の情報を優先的に処理しようするので、状況説明は理解できずに終わる。

「B」

感情はないが、人の顔というのは、それだけで情報の塊である。(人は人の顔から、多くの情報を読み取る。不機嫌かどうかとか。)

そのため、状況説明を聞きながらも、読者は、この発言者の裏の意図を読み取ろうとする。

「C」

顔がみえない。感情という情報がない。状況説明の言葉だけがシンプルに聞こえ、ゆっくりと理解することができる。

 

私は、漫画を描いていてこれらのことに気づき、

今描きたいのが「状況説明」なのか「感情説明」なのかを意識して、画面を構成しました。すると、相手に伝わりやすくなりました。

 

話は最初に戻ります。

私は怒るとき「相手の心に残るように怒っている感情をみせる」ということをしていました。これは、ある意味では正解でした。

相手の心に

「私が怒っている」という記憶が残ったのです。

しかし、私が一番覚えていてほしかった

「なぜしてはいけないのか」はまったく伝わりませんでした。

感情という情報が、相手の理解を邪魔したのです。

 

相手になにかを伝えたいとき、

「感情説明」をしたいのか、

「状況説明」をしたいのかを、はっきりさせることで、相手によりよく伝わります。

 

 

それと、思ったことですが、

「感情説明」を自分が制御できる相手(自分より力の弱い人)にするのは、ほとんど暴力です。相手は、自分の意思に関係なく、その要求にこたえようとしてしまいます。

「感情説明」をする相手は、自分が制御できない相手にするといいなと思います。

 

これを知ったうえで、「状況説明」の上に「感情説明」も沢山のせようとする人がいたとしたら、それは

「相手の混乱している、困っている姿がみたい」だけのように思います。

こういう行動にでるということは、自分になにか理由があるのかもしれません。

 

と、書きながら

「うまく、感情をコントロールできたらなぁ」と思う私です。