自殺

緑の美しき山奥に住んでいる彼に、私は会いに行った。
久々に会う彼とどんな話が出来るだろう。
都会の喧騒に疲れた心は、風が木々に当たり作り出す山のさざなみに、安らぎながら、そんなことを思っていた。

彼は、小学校の同窓生だ。
小学校ではそれほど仲が良いとはいえなかったが、
二十歳の時に行われた同窓会で、意気投合した。

それから、たまに会い、酒を酌み交わす仲である。
会話にはルールがあった。
・相手の苦労を聞き、あまり否定しないこと。
これがよかった。彼との会話は疲れなかった。

彼は転職をした。
すると、みるみる痩せていった。
「大丈夫か?心配だ」
上司がなにかにつけて、彼の仕事ぶりを否定するのだそうだ。
「申し訳ありません」と日に何度も謝るのだそうだ。
仕事は眠ることさえ許されぬほど、長い。
自分が人間なのかさえ、わからなくなるほどらしい。
「大変なら、やめたっていいんだ」
そう彼に言って、その日は別れた。

彼と連絡がとれなくなった。
とたんに別れた日のことを後悔する。
どうやっても、不吉な言葉が頭をよぎり、拭えない。

「なぜ彼の話をきいてやらなかったのか・・」
「危険な状態なのは、わかっていたのに、なんでなにも言わなかったんだ」

後悔の念をなんとか拭うかのように、何度も連絡をとった。

「もしもし」
「!繋がった。大丈夫か?」
「申し訳ない」
「心配したぞ」
「申し訳ない」
「なんで謝ってばっかりなんだ?おかしいぞ」
「申し訳ない」

久しぶりの彼は「申し訳ない」としか言わなかった。
彼が生きていることを知り、多少は安心したが、
まだ脳裏によぎった不吉な言葉が現実に起きても不思議ではない状況だと感じた。
彼と会う約束をし、「仕事は辞めた方がいい。無理して働くものじゃない」と言いたかった言葉を伝え、電話を切った。

再会したとき、驚いた。
げっそりとやつれた体は、ふっくらと健康的であった。
「仕事やめたのか?元気そうだ」
「申し訳ない」
たこれだ。こちらの頭がどうにかなる。
「・・・おまえ、誰だ?」
なにも考えずにこの言葉が飛び出した。
彼は、沈黙の後
「申し訳ない」
そう言って、去っていった。
あの楽しい会話をしていた彼はどこへいってしまったのか、
もうあの頃の彼はどこかへ行ってしまったのだろう。
生きているなら良かった。私は、安心して眠りについた。

数年後、彼から手紙が届いた。
感情のある手紙だ。今は山奥に住んでいるらしい。
それで、ぜひとも遊びにきてほしいというのだ。
最大限のおもてなしをしてくれるという。


そして、私は今、彼の家の前にいる

「久しぶり」
「久しぶり」
前会ったときの無機質さはなんだったのだと思うほど、
彼は人間的な魅力にあふれ、ふっくらとしていた。
やはり自然の中というのがいいのだろうか。
「元気そうだ。この前あったときは、おかしかった」
「ああ、あれは、ロボットだからな」

???

「仕事してるとき、自分が人間じゃないみたいに感じられてさ」
「もしかしたら、ロボットにすげ替えてもわかんないと思ったんだよ」
「案の定、仕事仲間は誰も気づかなかったよ」

「俺は気づいた」
「そう、だから、話したかった」

長いこと話した。
ロボットにすげ替えてもわからない、人間たちはなにをみて人間と判断してるのか、とか
いま、なにをしているときが一番楽しいのか、とか
哲学的な会話をいくつもした。

ついた時は、日がまだ高かったというのに、
もう空の半分は闇に包まれている。
彼との会話は楽しい。
彼の仕事仲間のように、彼にひたすら「申し訳ありません」という謝罪を求めさせ、彼の人間性をみつめずにいたら、今、彼と会話することはかなわなかっただろう。

彼と再会の約束をし、家へ帰る途中
「気をつけねば」そう思った。
あまり相手の思いを消し去るような行為は、
一生相手との会話ができなくなる罪をうけてしまうのだ。

妻におみやげを買って帰ろう。