創作とは

創作と一緒に生きてきた人生だった

中学生の頃から、いや、意識はしていないが保育園の頃から創作というものは始まっていたと思う

 

それから、27歳の今になるまで

「創作とはなにか」ということを考え続けてきた

そして、今なんとなく分かってきた気がする

それをここにまとめる

 

1、技術をまとめる

ここ最近まで、技術的なことを研究してきた

「この構図なら、状況説明がしやすい」とか

「この色は、悲しい雰囲気になる」とか

 

そういうものを技術書としてまとめた

そして「どんなものでもある程度おもしろくかける」という感じになった

 

しかし、面白くかけたとしても

「何を書けばいいか」はわからなかった

 

2、今まで触れてきたものをマネする

何を書けばいいかハッキリとわからない俺は、

今まで触れてきたものをマネすることにした

「こういうドラゴンボールっぽいやつは、かっこよくていいな」とか

「こういう可愛い女性が書きたい」とか

そういう自分が好きなものをマネした

 

しかし、好きなものが、自分の内面からあふれ出てくるようなものとは限らない

「憧れ」のような存在の場合もある。自分の中にないもの

そんなものを目指して創作しても幸せは無かった

 

3、勉強法の変化

技術論を書き溜めていき、技術が上へあがっていくにつれ

「画面構成」や「レトリック」などの表面上の技術から

「キャラクターの精神構造、成長段階」「キャラクターの周りの状況」などに対する意識の技術へと変わっていく

勉強法も「絵の技術書」「文章の技術書」を読むというようなストレートな勉強法から

「哲学書」「発達段階」などのある意味で直接つながらないのでは、というものを学ぶようになった

私は、それまでの「おもしろい物語を作る」という行為がバカらしくなった

「どうすれば、派手」だとか

「こうすれば興奮する」というのを目的に置いた創作

 

それよりも「感情」を表現することが創作だと思った

それは、「物語」というものが「感情」の集合体だと気づいたからだ

(物語というのは、人間の「行動」の集合体である。行動は「感情」の集合体である(本音と建て前))

「物語を作ろうとする」のではなく「感情を書いていたら、しらずに物語になっていた」これを理想にした

 

4、感情というものを勉強していた結果

感情を根幹にして物語を研究していくと、人間には「本音」と「建て前」というものがあることを知る。この「本音」と「建て前」とはなんなのか、それを考えた

そして、ある一点にたどりつく

「私たちは、常に状況に縛られて生きている」

マズローの記事でも話したように、人は承認欲求というものにより「状況の力」に左右されて生きている

 

ある一つの物語を例にしてみる

 

例)仲の悪い兄弟

二人の男兄弟がいた。とにかく仲が悪い

しかし、兄弟であるが故に一緒にいなくてはならない

そこで、二人はこの状況を改善したいと模索する

その結果とは・・・。

 

「私たちはなにかに縛られて生きている」と話したが、

この物語の「縛っているもの」は「兄弟という状況の力」である

そして、これが作品のテーマになる(兄弟)

 

ある人物が言っていたが、

物語というものは「変化」である

そして、その変化を生み出すのが「この状況を変えたい」という思いである

 

私たちはどんな場所にいても「変化」を求める

これが物語になるのだ

 

私はこれに気づき、キャラクターが何に縛られているのかを意識するようになった

なににも縛られていないという人物でも「自由」に縛られている可能性もある

誰しも縛られて生きている

 

変化を求めなくなった瞬間に、物語ではなくなる

それは物語の「結末」である

それ以降、結果は変化しない

変化とは「ある瞬間の状況から前の状況に戻れなくなる」ことを指す

 

そして、先に例として説明した物語ならば

兄弟関係の改善模索による変化した後、あまり変化しなくなれば物語は終わりを迎えるということだ

 

5、休眠期

私は夢として、作家になることをやめ

趣味として技術書をまとめていた

仕事でも夢でもないから

別に何も作らなくたっていい

 

あるとき、趣味のあう人物から

今まで触れてこなかった芸術をすすめられた

ゲーテ草間彌生岡村靖幸、マイケルジャクソン、

カフカブランキージェットシティ

 

私は、のめりこんだ

彼らの作品は、彼らでしか生み出せないもので

生命そのものといえるものだった

 

6、なぜ創作するのか

そして、前回のブログを書いているときに気づいた

私は、青春小説を書こうとして中学生時代の自分を思い返し

「こういう青春時代がいいなぁ」と妄想を膨らませていた

しかし、書いているとむなしさに襲われた

それは「過去を変えたいと願い、今を否定する行為」だったからだ

書こうと思った動機は、楽しい物語を書こうという単純なものだったが

それが、むなしさにつながった

創作は心を落ち着かせるもののはずなのに、心をざわつかせる結果になった

「これなら創作などしないほうがいい」と思った

そして、気づいた

「俺が夢中になった作品は、彼らが生きるために書いたものだった」

 

草間彌生は、絵を描くと幻覚を一時的に止められるから書いた

 

マイケルジャクソンは、人を楽しませることを人生にしていた

人を喜ばせなければ、生きられなかった

 

岡村靖幸は、多感な人物で、生きているだけで心から感情が溢れ出してしまう、それを発散するために詩をかいてる

 

ゲーテは、作品の中で哲学した。ゲーテはきっと、哲学しなければ生きられない人だったに違いない

 

カフカは、自分の孤独な思いを文学にし、もう一人の自分を生み出すことで孤独を紛らわしたのではないだろうか

 

ブランキージェットシティは、繊細な心をもつがゆえに人にだまされて生きてきた、そこでロックというものに身を投じることで、常に強い人間であろうとした。強くなければ生きられない

 

私の心を震わせるのは、創作そのものが「生きる」ためにある作品だ。

創作しなければ、生きられない

そして、その創作の対象は「今」である。過去ではない

私の今まで作ってきた作品は、私が生きるために必要なものだっただろうか?

そうではない気がする

 

唯一、生きるために必要だった作品は

小学4年生の図工の授業で作った絵本で

ゴジラが、自然破壊を繰り返す、世界を滅亡させる」という話

そのときの私は世界にいらだっていて、それを発散したかった

だから、世界を滅亡させた

これは、あの時の私が生きるために必要な創作だった

 

「生きる」とは「今」ということだ

「今」の悩みを作品にするべきだ

過去をあつかうにしろ、それは「今」を浮き彫りにするための過去だ

 

現実逃避のような作品を作るのは、書いているときは楽しいが

現実に戻るとつらい

そして、現実逃避のような作品を読む方も、読んでいるときは楽しいが

読んだ後、現実に戻れなくなる可能性がある

そういう作品はあまり作りたくない

 

今の話をしよう