おかしな男

「おかしな男」

 

彼は、時間をもてあましていた。

日々の仕事に疲弊するものからしたら、甘美な響きである。

その時間を宝くじによって手に入れたとなれば、さらに甘い。

 

雑誌関係の仕事をする私は、「宝くじを当てた生活」という特集を受け持つことになり、彼に出会った。

彼の家で取材することになり、家の扉を開けた。

「・・・」

扉をあけたとたん、鼻と脳に独特な匂いが広がった。その原因は、彼の生活にあった。彼は、宝くじで手に入れた金で、「お菓子」しか食べない生活をおくる人物だったのだ。

 

ーー今回は取材を受けていただきありがとうございます

 

 いえ、時間をもてあましていますから

 

ーーそれは、宝くじで手に入れた時間ですか?

 

 はい、死ぬまでの時間を全て、自分の自由にできます

 

ーー宝くじが当たったときの心境はどうでした?

 

 それは嬉しかったですよ。生きるために、仕事に追われていましたから。これからの、自分の好きなことだけをして良い人生を考えたら、倒れそうでした。

 

ーーどうですか?その手に入れた人生は

 

 こんなことを言ったら恨まれると思うのですが、「好きなことだけをして良い人生」を想像したときは、幸せでした。

ですが、その「好きなことだけをして良い人生」というのがどんな人生かわからないことに気づいて、鳥肌がたちました。

それまでは、仕事に人生を捧げてましたから、それが簡単に「宝くじ」で消し去られてしまって、生きる目的がなにもなかったんです。

無限の時間を与えられても、なにもすることがないというのは、おそろしいですよ。

 

ーーでは、今もそんな恐怖が続いているのですか?

 

いえ、実はそれはもう無くなりました。人間というのは、生きるために新たな道を見つけだすようで、それが私にとっては「お菓子」でした。

 

ーー「お菓子」ですか?

 

はい、喪失感に襲われていた頃に、お店で「お菓子」をみつけて

それまでは、お菓子なぞというものは、栄養にもならないし、お腹の足しにもならないから買わなかったんですが、お金を持て余してましたから、買ったんです。

すると、興奮が喪失感をつぶすように全身を襲い、

「私のこれからの人生は、楽しさの固まりだ。栄養のような苦痛もなく、意味のないもの、お菓子はまさにそれだ」という啓示が聞こえました。

それからは、「お菓子」だけで生活しています。

 

ーー体を壊してしまいませんか?

たしかにその点もありますが、私のような無限の時間を与えられた人生は、体よりも心を先に壊してしまうんですよ。だから、「お菓子」を求め続けなければ、死ぬのです。

 

彼は、ローマ人のようであった。

ローマ人は、奴隷を働かせることで、無限の時間を得た。

それによって、暇になり、哲学や芸術を発展させた。

「お菓子」のように、ある意味では意味のないことなのかもしれない、

しかし、人間は暇な時間を手に入れると、意味のないことでも、なにかに没頭していなければ心を保っていられないのだ。