老人と死に神と走馬灯 ①

「わたしの人生はどうだった」

 

最近、死に神をみるようになって

こんなことが頭の中をぐるぐる駆け回る

 

死に神は今日、風景画を書いていた

 

この前は、路上音楽に聴き入っていた

 

死に神は芸術を解するらしい。嬉しい発見

 

とにかく、死に神をみてしまった

私は死ぬ

 

耳の脈打ちが聞こえるほど、静かな夜だ

思いを巡らすにはいい

 

 

 

生まれは、ブドウの葉が作るカゲと真っ青な空の下

遊び相手は、、土と草。草むしり、泥だらけ。それから、猫

雲のようにとらえどころのない美しき日々だった

 

ひどい癇癪持ちで、

大人によく「体に癇癪虫が住んでいる」と笑われた

今風にいうなら、「自分の」心の変化を読みとる天才

そのせいで、母には迷惑をかけた

ある時、町でギター弾きをみかけ、すぐに母親の腕を引き、ギターをねだった。

買ってもらえなそうと知ると、地面に張り付いて抗議した。

「あれがないと、俺は死んでしまう」

「死んでしまう」は私の口癖だ。

 

母は、思慮深い人で、ギターを買うことについて様々、述べてくれたっけ

・高いものだから、そんなにすぐに買って良いものじゃない

・ギターみたいなものは、使ってあげないと可哀想だ

私は「一生使う!使う!使う!」と叫び散らしていた。母の話なんてほとんど聞いていなかった。なんて面倒な子供だろう

あげくの果ては「一生使うの唄」というものまで唄い出す始末。

結末、母はギターを買いあたえた。

「指が長くて、感受性が豊かだから音楽に向いている」と言ってくれた。

元々、私に音楽をさせたいという思いはあったようだ。

あの頃、母のそんな思いなど知る由もなかったが

 

だから、すぐにギターは壁飾りに早変わりした。

心苦しい

 

母はなにも言わなかった。

 

10歳の時、母が亡くなった。流行病だった。

自分でも驚くけど、目の前が黒くなり、気絶した。

それほどの衝撃だった。人生の終わり。

 

その夜、天井に淀んだ灰色の人の形をしたようなものが風もないのに、漂っていた・・。あれはひどく恐ろしかった。寒気と目線を感じた。

 

 

壁飾りになってしまったギターをみつめていたら、母の講釈が・・。

・高いものだから、そんなにすぐ買って良いものじゃない

・ギターみたいなものは、使ってあげないと可哀想だ

あのとき、理解してはいなかったけれど、思い出せるということは、響いてはいたのだろう

そして、ギターを壁飾りにしても母がなにも言わなかったから

私は、スッ・・とギターを手にできた

 

土・草・空・ぶどう・愛・母

なんでも音にした。思い通りの音がでないと、町にいる、ギター弾きや、ギター職人に弾き方を教えてもらいにいったりした。

「土の音がほしいのだけれど、この音じゃない」とかわけのわからないことを言っていた。私は少し頭がおかしい。

けれど、本当に土の音というものを私は知っているのだ。

 

若いうちから、没入できることがあることはいいことだ。

若いとなれば、みんなが優しく教えてくれる。

そして、没入できることがあると、恋人ができる。

自らの世界観があったから、それがよかったのかも

結局、よくわからずに終わったけど

 

父は、あまり私を良い風にはみてくれなかった。

仕事も手伝わず、ギターばかり弾いていたから

「芸術は、本職にするものじゃない」とかなんとか言っていた。

 

今思えば、父は立派な芸術家だった。あのぶどう農園は美しかった。

 

だが、あのときギターしかみていない私にそこまでの考えはなく、

自分の全てを否定する父に、嫌悪感しかなかった。

 

弟も妹も、父と罵しり合う私を怖がっていた。

でも、弟と妹にはおどけるときもあったから、

「おかしい兄」という感じで、多少懐いてはいてくれたと思うのだが

 

ついに我慢の限界にきた。

 

仕事を手伝っていた時、

「弟と妹のほうが、もう少し器用だ」と父が言い放った

 

確かに器用なほうではない。感情に左右されやすいし、いちいち物事を考え込む。ギターは人よりもしていたから、まだましだったけれど。

わかっている。うまれてこのかた不器用だと思い続けてきた。

弟も妹もなんて器用な子なんだろうと、兄として誇らしいほどだった。

 

だが、言ってはならない言葉なんだ。

母なら「なにも言わない」という選択肢があったはずだ。

飼い慣らし始めていた癇癪虫が止められない

「ここにいては、私は死んでしまう!」

 

私は家族の目の前で、堂々と家出の支度をし、目の前で家出をした。

父はいちべつもくれずに仕事をしていた。

なにを思っていたのか・・・本質が違いすぎて考えが及ばない。

 

弟の、あの時のまなざしは、今でも忘れられない。