なんで中学生の頃、バンプオブチキンが大好きだったのか

なんで中学生の頃、バンプオブチキン好きだったのかを

久しぶりにバンプを聴きながら考える。

 

詩をよくきいてみて、思った。

「これは、若者が一番求めている「存在の証明」をしてくれる唄なんだ」

 

中学生のときの私が感じていた、この世に混ざれていないという孤独感。

そういうものは、若者であった人、ある人ならば感じたことがあるはずだ。

そういうものに、バンプは語りかける。

 

「K」という曲では、

忌み嫌われる黒猫が主人公。うまれもった黒さのせいで、石を投げられる。

それを救うのは、一人の画家。

これは、呪われていると感じてしまいがちな若者たちの「存在の証明」

 

「アルエ」という曲は「新世紀エヴァンゲリオン」の「綾波レイ」を元にしたという話がある。「新世紀エヴァンゲリオン」も若者の、複雑な思いを描き出し、若者の心の「存在の証明」をした。

 

「ラフメイカー」では、一人で泣いている人のもとに、ラフメイカーという人が笑わせに来る唄。

ダンデライオン」は、ただのタンポポの話。

 

「オンリーロンリーグローリー」の歌詞

・放射状にのびる足跡、自分だけが歩き出せずにいる

・選ばれなかった名前を、呼び続けてる光がある

 

これらは、孤独感を感じている若者(私も含めて)に対して

「君のことを知っているよ、見ているよ」という言葉たちだ。

 

だから、中学生のころの私はバンプが大好きだった。

バンプは私の「存在の証明」をしてくれる。

 

それは、子供たちが親に一番求めること。

「君のこと知っているよ、見ているよ」

 

孤独な私たちは、ぬくもりを感じ、安心を覚える。