さかあがりの壁

 「今日の「たいいく」、鉄棒だってよ」
 この言葉をきいただけで、学校に来なければ良かったと思う。
 先生が言う
 「次は、逆上がり!」
 次々にみんなが、さか上がりを成功させていく。自分の番がきたら、さか上がりできるようにみせなきゃいけない。
 なんでかっていうと、「逆上がりできないことがばれたら大変なことになる」からだ。
 同じクラスにNというやつがいる。
Nは、足が遅い。泳げない。自転車も乗れず、走って自転車のうしろをついてくる。そして、逆上がりができない。
 運動ができないだけで、人間ランキングは最下位。女子からは、いないことになってる。
 この世界は運動のできるやつが一番偉い。
キーンコーンカーンコーン
 待っていたチャイムがきこえて、今日も、やっとたいいくの授業が終わった。天国へ上るような気持ち。
 きっと神様は、あのチャイムの音が聞こえてくる時計に住んでいるにちがいない。
 「ああ、やっと終わった」
 目を閉じ、幸せのチャイムを楽しむ。
 こうやってあと何回かやりすごせれば、なんとかなるはず。
 「次のたいいくの授業は、鉄棒のテストをしまーす。」
 後ろからバットで殴られたような気持ちになり、気づいたら、学校から家に帰ってきて、イスに座って、お菓子を食べていた。
 「どうしよう。」つい言葉がふきでた。
 「練習しよう。ばれたら、終わりだ」
 自転車に飛び乗り、走り出した。
 「公園!公園!鉄棒のある公園!」
 目の前に、鉄棒のある公園がみえた。
 「公園!公園!鉄棒のある公園!」
 ふたつ、みっつ、鉄棒のある公園を、ものすごいスピードで通りすぎていく。
 「近いところは友達にばれる!遠い公園じゃなくちゃダメだ!!」
 坂をこえ、橋をこえ、「ここでいいか」
 来たのは、ただの鉄棒のある公園じゃない。遠くて、鉄棒のある公園。
 そして、目の前にある鉄棒も、ただの鉄棒じゃない。いくら失敗しても、気にしなくていい、笑われることのない鉄棒。
 何度も、何度も、逆上がりを練習した。
 手にはマメができ、靴はすり減った。空は暗くなり、まわりもみえなくなってきた。
 「あれ?なにしてんの?」
 振りかえると、クラスメイトがいた。
 「おう、ちょっとね」声がふるえる。
 「てつぼう?」
 「う、うん」 
 「え?でも、なんでこんなとこでやってんの?遠くない?」
 「あー、うん。あ、ごめん!時間だ。かえんなくちゃ!」
しんぞうの音が、人に聞こえるくらい大きいかった。クラスメイトがまだ、話しかけようとしてるのはわかったけど、そんなことより、早くここからはなれたくて、自転車に飛び乗り、暗闇の中を、走った。
 はじめてきたところのせいで、道にまよった。それがさらに、不安をおおきくさせた。
「ああ、ばれた。どうしよう、どうしよう。」
 次の日、こわくて学校へ行けなかった。
 一日休むと、もっと行けなくなる。どんなウワサ話されてるか考えると、こわい。
 次の日も、また次の日も行けなかった。
 そして、また、朝がきた。
 親は、しごとが朝早いから、すぐにいなくなる。うだうだしてれば、今日も休める。
 ピンポーン。
 なぜかNが、一緒に学校へ行こうと迎えにきた。
 「学校へ来にくいみたいなので、迎えにきました」
 「ちょっとまってて、よんでくるから。」と母が言う。
 「なんだよ」
 「学校、一緒に行かない?」
 「行かない」
 「・・・逆上がりできないくらい大丈夫だよ」
 やっぱり噂になっているんだ。ぜったい、学校へ行かないと決めた。
 「僕は、逆上がりできないし、足も遅いよ!」とNが笑った。
 こいつはなんなんだろう。
 足は遅い。泳げない。自転車も乗れず、走って自転車のうしろをついてくる。
 でも、それをみとめて笑ってる。
 気が変わった。
 「やっぱり行く。」
 Nは、それを聞くと、朝みたいなすがすがしい顔でわらった。