孤独のカンブリア

「ああ、私は孤独だ」

Yは目から涙を溢れさせた。

それはYの体内で変化が起こっていることを示していた。

Yの全てがYの孤独を認め、Yの体内でカンブリア的変化が起きた。

 

 

Yという人間は、つねに不安を感じている性質の人間だった。

その不安はYが毎日欠かさずに書く日記にもみられる。

 

〇/〇 

「人と話すのは楽しい。人と話すのが大好き。でも、意見の違いが少しでもあると不安になる。」

〇/〇

「不安のはじまりを探すことはできない。不安が、意識が生まれる前からあるかのように思える。どこから湧いてくるのか分からない不安がある。」

 

不安について書かれるときは、その前後にきまって「人と触れ合えて楽しかった」という感情が書かれている。

 

そんな人との触れ合いに不安をもつYだが、触れ合いが怖いという意識はないようだ。

Yは意見の違いがあれば、自らの意見を話す。その行動は、怖さとは遠い。

少しでも意見が違うと、Yは「なんでそんな考え方なんだ!ありえない」とはじまり、突然の喧嘩ということがよくある。

そんな日の日記は、筆圧も強く、文字の並び、大小が乱れ、感情が書きなぐってある。

それでも、人との交流が好きなYに友人がいなくなるということはなかった。

 

ある日、友人の知り合いも交えて遊ぶことがあった。

そこにYの興味をひく女性、Dがいた。

外見がとにかく好みだった。

触れ合い好きなYは、Dへ積極的に話しかけた。

すると、音楽好きだということが分かった。

「どんなの聴くの?」

「んー・・名前わかんないと思うよ」

「いいよ」

Dの好きな音楽の名前を、Yはまったく聞いたことがなかった。

メジャーな音楽ではない。

「こういうの聴くんだね」

「そうそう」

「Yは?」

「~~かな。ほんとに音楽的にすごいんだよ」

「そうなんだ。あんまり聴いたことないな。どうすごいの?」

「え!そうなんだ!すごい有名だけどな。いろんな人に影響与えてるんだよ」

「え、それでどうすごいの?」

「いや、いろんなひとに影響与えてて」

「ど・こ・が・す・ご・い・の?」

「???すごい売れてるんだよ」

「そういうので好きとか選ぶの分からない」

その直後、周りにいた友人はとんでもなく驚いた。破裂するような物音がしたかと思い、Yの方向をみると、YとDが大声で叫びあっていた。破裂したと思った音は、Yの大声。

「じゃあ、ランキングとかも意味ないっていうのか!」

「そんなこと言ってないでしょ、ランキングはただの指標で、別にその中から選ばないといけないわけじゃないでしょ」

「なんでいいものを良いって認められないんだ!皆良いって思ってるのに!」

「それは、大衆受けするっていう意味の良いでしょ?好きっていうのは、自分の良いと思うかでしょ?」

「もういい!もういい!」

Yは、後ろも振りかえらずに家へ帰った。友人の声も、Dの声もYの耳には届かない。

 

Yは異常な寒気に襲われた。

極寒の地に裸でいるような感覚。

毎日きっちりと風呂に入るはずのYが、風呂へ入ることができなかった。

服を脱いだ時の、寒さに耐えられない気がしたのだ。

 

毎日書いていた日記も、心を表して、それをみるのが恐ろしくて書けない。

Yは、家に引きこもった。友人の連絡もすべて無視した。

布団の上で、寝転がり、一切動かず、天井をみつめる日々。

体力が少し回復しても、Dに言われた言葉が、その度に思い出される。

Dの言葉は、今まで触れ合ってきた言葉と違うものだった。

今までの言葉なら、どれほど意見を押し付けられようと、その場を去ることができた。

でも、Dの言葉は、逃れようとすると

「逃げるな、向き合うべき課題だ」という幻聴がして、逃げられないのだ。

 

何日も風呂に入らなかった。体は腐敗臭をただよわせている。

カーテンも閉め、明かりもつけず、ただ静かにしている。

たまにくる身震いと、Dの言葉と戦っている。

 

外から、子供の笑い声がした。

 

「ああ、孤独なんだ」

Yは目から涙を溢れた。ぼろぼろ、ぼろぼろ。

それはYの体内で変化が起こっていることを示していた。

Yの全てがYの孤独を認め、Yの体内でカンブリア的変化が起きた。

 

Yの今まで見えなかった不安は、見えるものとなり、おそろしさになった。

「個性というものを出した時、相手は受け入れてくれるだろうか」というおそろしさ。

孤独のはじまりである。

物語がはじまった。