なりゆきの学問

 

真田成之(なりゆき)という男は、親が名前にそういう思いをこめたかは分からないが、なりゆきに任せるという男に育った。義務教育という日本のシステムに何思うこともなく、漠然と机に向かい、織田信長を誰が討ち取ったのかを教科書に書いてある通り信じて生きている。

生きられるならどんな問題も気に留めぬという性格で、27歳でコンビニバイトのフリーター。成之は実家暮らしで、月3万親に金を渡している。

そしてまた、なりゆきで正月を迎えた。なりゆきは一人、こたつに頭から下を全部いれ、天井を眺めている。こたつの電源は入っていない。なりゆき以外の誰かが電源を入れなければ、このまま電源が入ることはない。

「ただいま」

成之の頭の上から声がした。兄、成将(なりまさ)が、家族をつれて帰ってきた。兄の奥さんの葉菜と、甥っ子の長男で13歳の空と、長女で11歳の夢。

頭の上の扉がゆっくり大きく開いた。

「あけましておめでとうございます」

甥っ子が二人。

「あけましておめでとう」

夢は、挨拶を交わすと祖母の元へ行き、空はこたつへ腰を下ろし、こたつへ足を入れた。そして、無言で電源をいれた。

「いやあ、暖かい、暖かい」

能天気な声で成之が独り言をつぶやいた。空はそれがなんだか面白く見えて笑ってしまった。

「なんで、電源つけないの?」

成之は頭だけ出した状態で、口をすぼめた。

「おじさんはね、あきらめが早いんだよ。電源がついてないなら仕方ない。雪国に住んでいると雪ってのは仕方ないもんだから、あきらめる。雪を原子力がなんかを使って止めるというようなことはしないんだよ」

「それって、ただのめんどくさがりじゃない?」

「そうともいう」

空は、こたつの上へ置いてあった新聞を手に取り、テレビ欄を眺めた。

成之はその姿をみて、うんうんと頷いた。

「いやあ、立派になったな。どうだ勉強してるか」

「なんで勉強しなくちゃいけないの?」

成之は、困ってしまった。質問したはいいものの、そんな返事は求めていなかったからだ。「困った、困った」

「あけましておめでとう」

そんなところへ、兄、成勝が部屋へと入ってきた。

「おめでとう。兄ちゃん、なんで勉強ってしなくちゃいけないの?」

一瞬、成勝はすっとんきょうな顔をした。

「いやあ、空になんで勉強するかって聞かれて困っちゃって」

「あー、そうだな。勉強ってのは、将来困らないためにするのと、将来いろんなこと楽しむためにするもんなんだよ」

「ふーん」

空は、成勝の話はじめでもう飽きたような顔をしていた。

成之は、眉間にしわをよせ、なにを言わずそれを聞いていた。

次の日、明朝

空がこたつのある部屋へ行くと、成之がこたつに背筋を立て、座って本を読んでいた。

「おはよう」

「おはよう」

「空、昨日のこと、考えたよ」

「なんだっけ?」

「ほら、なんで勉強しなくちゃいけないかって話」

「へぇー」

「勉強するのは、選択肢を増やすためなんだよ」

「選択肢?」

「たとえば、面白くない人がいても、勉強すればその人の面白さがわかるかもしれない。楽しめない選択肢と楽しめる選択肢を持てるってことだ」

「たとえば、すごく嫌なことをしてくるやつがいても、そこから逃げ出す方法とか、嫌なことしてくるやつと話し合う方法を勉強してれば、それができる」

「ふーん」

「空には、言い方が難しかったかな」

「そうだね。よくわかんない」

「まぁ、兄ちゃんの話が気に食わなかったのは、将来の楽しみの話ばっかりだったからだ。それじゃあ、今を一生楽しめないじゃないか。楽しめるってことは、勉強をやめたってことだ。勉強ってのは一生するもんだ。だから、楽しくないとな」

成之はすっきりとした顔で、小難しそうな本を開き、楽しそうに読んでいる。

空はあんな文字がたくさんの本のどこが楽しいのだろうと思ったのであった。