男とライオン

一人の男が、動物園のライオンの檻の前にいる。

男が、一番近くにいた前足に顎を置き寝ているオスライオンに話しかける。

男:なあ、ライオン。お前は、何に憧れてる?

ライオン:なんで、俺にその質問をするんだ。

ライオンが顔をあげ、男のほうを向いて、口を動かし話した。

男:驚いた。ライオンが話したぞ。

ライオン:話さないと思って話しかけたのか。

男:人の顔に似ているから、話しそうだとは思ったが、期待はしていなかった。

ライオン:それでは、返事を求めていない質問かな?ならば、やめてもらいたい。きちんと理解しているから。

男:すまない、悪いことをした。なにも知らなかったんだ。返事は求めているよ。君がなにに憧れているのか知りたい。

ライオン:なぜ知りたい?

男:人間は、ライオンというものの強さに憧れを感じている。そのライオンの憧れているものが知りたい。

ライオン:憧れているものなんてないね。俺は俺でしかない。

男:おお、やはりライオンは強いな。一番強いから、憧れを持たないのか。

ライオン:推測でいうが、俺は人間たちの言うような強い生き物ではないよ。檻に入れられ、自分で食事も用意することができない。君たちの憧れを押し付けるのは、やめてくれ。ライオンにも色々いるんだよ。というより、人間の思い描く強いライオンなんてものは、いないぞ。

男:分かった。君は強くないのかもしれないが、どこかに強いライオンはいるだろう。

ライオン:というより、よく考えたが、強いというのはなんだ。漠然としすぎているぞ。

男:それもそうだな。強いものというのに俺も憧れているが、それがなんだかは誰にも聞いたことが無い。なのに、それを憧れているというのは、変な話だ。

ライオン:そうなんだよ。強さというものをよく考えてみろ、それぞれ弱点が違うわけだから、それぞれ強いと思う部分も違うにきまっているだろう。草にとって、火は強くて、火にとって、水は強いのだ。

男:なるほど。そう考えると、強さというものは曖昧なものだな。

ライオン:そうさ。物はよく考えて喋ることだな。気分にまかせて話すと、何も残らないぞ。

男:そうだな。それでは、何を強いと思う?

ライオン:なぜそれを俺にきく?

男:俺は、君を強いと感じた。その君が強いと感じるものを知りたい。それなら、あるだろう。

ライオン:そんなものは話したくないね。弱点をさらけ出すことだから。

男:だが、俺は弱いが、君を強いと話しているぞ。

ライオン:ふん、俺をバカにしてるのか。それは俺よりもお前のほうが強いからだ。言っただろう。俺はお前が思っているより、弱いんだよ。

男:申し訳ない。

ライオン:勘違いというのは、よくあることだ。まだ、俺の気分はそこまで悪くはなっていないよ。だが、今日はこのくらいにしてくれ。

男:わかった。ありがとう。また来るよ。勘違いが直ってスッキリしたよ。

男は、ライオンの檻の前から去って行った。

ライオンは再び前足に顎を置き、眠りについた。