青年と友人と医者の娘

今より少し昔、フランスの片田舎。針葉樹がそびえたち、穏やかな川の流れる村。名産は、リンゴ酒。昔ながらの製法で作られたリンゴ酒は、愛飲者が多い。

そんな村の、はずれの丘で針葉樹の影に包まれ、ひっそりと青年が寝そべって青空をただよう浮雲を眺めている。

青年:あの子は、浮雲のようだ。白くて、太陽の光を内包させ、まばゆい。つかめるとは思えない。すぎゆくのを眺めることが精一杯だ。

友人:いま、邪魔かな?

青年の横に、友人が座った。青年は、上半身をあげ、一息ついた。

青年:少しね。だけど、そこにいてくれるか。質問が降りてきそうなんだ。

友人:じゃあ、ここにいるよ。ここは、景色がいいな。全てが見通せて、気分が良い。絵が描きたくなってきた。道具を持ってくる。

青年は手を振り、友人は絵の道具を取りに家へと戻った。

青年:これは恋なんだろうか。なら、すぐに彼女の元へ走るはずだ。ならば、恋ではないのかもしれない。そもそも、恋とはなんだ。

青年は大きなため息をつき、やわらかな草の上に寝そべると、そのまま眠りに落ちた。

青年が目を覚ますと、太陽は落ちはじめていて、絵道具を取りに行った友人が景色を描いていた。

青年:質問を考えながら夢に入ったら、質問が思いついたよ

友人:それで?

青年:人が恋する瞬間ってのをみたことがあるか?

友人:今のお前がそうみえる

青年:俺は、お前に恋なんかしてないぞ

友人:そりゃそうだ。俺だって恋してない。違うよ、あの医者の娘に恋しているだろう。

青年:・・仮にあの子に恋をしていたとして、今は恋する瞬間じゃないだろう。俺は恋する瞬間をみたことがあるかと聞いてるんだ。

友人:恋ってのは、瞬間、瞬間で好意を抱き続けることだろう。だから、今、お前は恋する瞬間なんだよ。少し前に恋していたからって、今恋していないなら、それは恋する瞬間とは呼ばないと思うぞ

青年:・・・俺は恋していると思うか

友人:それはお前にしか分からないが、恋しているようには見える

友人:なんで、恋する瞬間なんか聞きたかったんだ

青年:それを知れば、俺が恋しているか分かると思ったんだよ

友人:変なやつだな。「これこれこういうものが恋です」と言われて、お前は、自分の思いを「恋じゃない」と否定できるのか。

青年:できないから困ってる。

友人:ハハ面白いな、なにがしたいのか、俺にはさっぱりわからないよ。

青年:自分でもよくわからないよ・・・俺は、あの子に恋しているはずなんだけど、恋だと認めたくないんだ。そんなことがあるのかな?恋しているなら、恋していると思ったほうが幸せなはずだ。なのに、その感情が湧きあがってこない。感情が湧きあがってこないなら、恋じゃないんじゃないか・・・というようなことをぐるぐると考えてしまう。

友人:そういうことか。それなら、わかるぞ。「恋じゃない」と思うことに、利点があるからそう思うんだ。どこも矛盾してない。矛盾していると思うことは、だいたいそういうもんさ。

青年:俺が、恋じゃないと思うことの利点ね。

青年は大きなため息をつき、眉間にしわをよせた。

青年:たくさんありそうだ。

友人:見つめるべき点がわかってよかったよ。

青年:ありがとう

青年は素早く立ち上がった。

青年:俺は、あの子が好きだぞ!恋をしている。その事実はなにも変えられない!ああ!興奮して座っていられない。どうしよう!

友人:なら、座らなければいい

青年:そうだな!あの子のところに行ってくるよ!すごい速さで行けそうだ!

友人:こけるなよ

友人は手を振り、青年はあの子の家へ走って行った。

友人は寝そべり、スケッチブックに描いた絵を眺める。

友人:失敗した。木を大きく描きすぎた。もう疲れたから寝よう。起きれば、面白くみえるかもしれない。

友人は、陽だまりの中眠りについた。

季節の鳥が鳴いている。