老人と若者

いつか過去が素晴らしいと思える日がくる

皮膚に刃突き立てて、自分の体から血が噴き出して

生きていることを確認したくなるほど空虚を感じていても

光が現れれば、すべては変わる

空虚たちが、名もなき過去たちが、

光に照らされ、影を産み出し、存在となる

悲しみとか苦悩に満ちた像が姿を現す

それらはいつまでもみていられるほど、

今の苦しみを和らげてくれる親和性をもっている

それを愛してやれるときがくる

捨てようなどと思えないときがくる

 

いつかくる素晴らしい日々なんて待てない

だって、今の苦しみは

世界の終わりも近いほどの絶望

そんなこと言われたって、今を生きているんだから無理だ

想像すらできない未来を信じろって言われたって無理だ

光がいつか来るっていうけど、

霞(かすみ)のような希望で生きるなんてなおさら苦しい

だって、今には光が無いんだ

素晴らしい日々の話なんてするな

今を素晴らしい日々にする話ならしてくれ

老人の話なんて聞きたくない

僕らは若者だ

 

その通りだ

若者よ

生きてくれ

ただ生きてくれ

私は老人になってしまった

実は私も若者だったときがあった。私には若者の終わりがあり、老人のはじまりがあった

老人の世界に入った私にとって若者は別の世界

私にはもう若者の世界を感じることはできないのだろう

人は様々な姓(せい)を生きる

新たな姓(せい)を得るたびに今までの姓(せい)を語ることはできても感じることはできない。だから、愛してやれるんだ。他人事なんだ

 

老人よ

老人の世界に喜びはあるか?

 

 

若者よ

ある。それが老人の世界の喜びかはわからない

様々な姓を生きてしまって

それの姓たちが喜びを与え続けてくるような、そんな感覚だ

老人としての姓が過ぎれば、わかるのかもしれない