トシロウ

ニホンのトウキョウ、その中でも下町と呼ばれるような商店街と人々の生活が密着した地域の話。今や店ではなくシャッターが立ち並ぶ商店街の近くに10年前に古びた街並みに似つかわしくない現代建築20階建てのピカピカと光ったマンションが建てられた。そのマンションに家庭の事情により、6歳のトシロウは母親と二人で越してきた。

10年経った現在、ピカピカのマンションは風化の力に漏れず、古びた商店街にもなじむ色合いに変化していた。トシロウは一人っ子のためか手塩にかけて育てられ、体格も並みで、話す言葉はまだ子供っぽいが声色はもう一人前の男性になっていた。

朽ちていく町が影響をあたえたのか、トシロウは死について考えるような哲学性の青年になった。

「なぜ人は死ぬのだろう」

トシロウは人が死ぬことに強烈な興味をひかれている。死ぬことを考え、自分が死ぬのだとわかるといつも悲しくなる。その思考の癖を直そうと心みるが、どうしても「人はなぜ死ぬのか」という疑問が頭の中を無邪気な子供のように駆け回り、整理した思考を散らかして、散らかし放題すると頭の外へ飛び出していくのだった。

トシロウの死への学問は、中学時代、14歳のときに始まる。14歳特有の自己の確立という段階に、皆と同じように入ったのだ。恋愛をすることで人からの承認を得て、自己を確立しようという子達もいるようだが、トシロウは「恋愛」には興味を示さず、「死」を考えることで自己を確立しようとした。「死」を土台にした自己の確立は苦痛がともなう。自分が死ぬ存在だということを認めなければならない。若く、自分はなにも成し遂げていないと思っているトシロウにとって、それは絶対に認められないことだった。だからトシロウは「不老不死」「錬金術」「魔法」に興味を抱き、不老不死への願望を描き出した物語を読み漁った。だが、物語の主人公の人間はいつもこう言うのだ「人間は死ぬから今を生きられるのだ」と。トシロウの悩みは解決されず、16歳になった今も自分が自己を確立できていないようにトシロウには思えた。

 今日もトシロウは小難しい哲学書を読み漁る。出てくる言葉は「死」「無」「愛」トシロウはそれらの中に答えがあるはずだと感じていたが、それらの言葉すべてがまったく通り過ぎる雨のようなもので、地面に染み込んでいくようなものにはならなかった。あまりにもおぼろげなものばかりなので、この言葉たちはそういうものなのだとあきらめていた。わからないものを読んでいる自分に酔いしれることでトシロウは読書を楽しんでいた。

 16歳になるとトシロウも「恋愛」というものに興味を抱いた。だが、周りの子達は一足早く恋愛を経験しており、トシロウは行き遅れていた。小難しい本ばかり読んでいたせいでトシロウは「知らないということが知られるのが恥ずかしい」という悩みにぶつかり、愛するという宝にフタをしてしまった。

 「俺は一生なにもしらないままに死んでいくんだ」

人間の根源的なものまでも知りたいと願った少年は、世界で一番何もしらない生き物になってしまったとあえぎながら、それでも世界につかまりたい一心で小難しい本を読み続けている。窓の外の空はすぎさった台風が青以外の色全てを連れ去り、真っ青に光っている。季節も夏から秋に変わり、少し肌寒い風がキンモクセイの香りを運ぶ。無邪気に遊ぶ子供たちは、まだ夏だと勘違いしているのか寒そうな格好で公園を駆け回っている。トシロウは、カーテンを閉め、人工灯の下で本を読む。風もなく、寒さもなく、あるのは音だけ。それもページをめくる音とかすかな息の音だけ。

だれがこの人工灯で育つアシ(パスカルは「人間は考えるアシである」と言った)に野の記憶を思い出させるのだろう。

きっかけは、ふいにおとずれる。

下の階の住人が火事でも起こし、トシロウは外へ飛ぶ出すかもしれない。

好きな女の子の話声が外から聞こえて、窓を開けるかもしれない。

きっかけはいつも自分以外のところから来る。

風が便りを運んでくる。