記憶の母鳥②

南の群島上空を、集団生活を営む雌鳥が一羽で飛行していた。

彼女は群れから追いやられた鳥であった。

羽ばたきには力が無く、風に身を任せているといったようである。

風が導いたのか、彼女は、視線のはしに砂浜をとらえ、そこに打ち上げられた赤ん坊をみつけた。

彼女はすいよせられるようにして、ゆるやかに砂浜へと下降した。

ざざざっ、きめ細かい砂が舞い上がる。彼女は、ヤシの葉で編まれた船の中で、麻の布で包まれていた赤ん坊を抱きあげた。

その後、彼女はこの島にある少ない材料で巣を作り、赤ん坊を守った。

赤ん坊に必要だが、彼女が与えられないものがあるときは、町へ行き、彼女は自らの美しい羽を町で売り、それ相応の対価を受け取った。

赤ん坊は生命の危機を逃れた。

 

月日がたち、赤ん坊は健康的に育っていた。

母鳥は、砂浜とたわむれる赤ん坊をみながら、彼の将来について悩んでいた。

赤ん坊の生命線でもあった母鳥の羽は、年齢によって艶を失い、町へ持って行ってもなけなしの対価にしかならなくなっていた。

母鳥は最後の羽を売ることになろうとも赤ん坊といる決意であったが、日に日に価値を失っていく自らの羽をみて、鳥は人間よりも老いが早いことを感じた。

母鳥は砂浜をはって遊ぶ赤ん坊をみて思う。

 

母鳥:この子はまだ歩けない。人間なら歩いてもいい年齢なのに。

 

母鳥が永遠に赤ん坊を守っていることはできない。赤ん坊が巣立つとき、彼は人間の世界に戻らなければならない。彼は人間であり、鳥ではない。

母鳥が数年前、砂浜に打ち寄せられた赤ん坊を抱きしめたのは、群れを追われた自分と赤ん坊を重ね合わせたからかもしれない。

 

母鳥:この子と私を重ね合わせてはいけない。

 

母鳥は、全ての感情が重なり合った表情で、砂浜を這う赤ん坊をみた。すると、視線に気づいた赤ん坊が笑みを浮かべ、求めるように母鳥へ這い寄る。

母鳥は赤ん坊を抱きしめ、泣いた。

 

その日、夜空は晴れ、欠けた月が力強く世界を照らしていた。何億光年先の星たちまでみえる夜だった。

母鳥は、くちばしで眠る赤ん坊を包んだ麻の布をくわえて飛行する。

 

母鳥は町へきた。そして、この町の裕福で、子供を欲しがっていた夫婦の家の前へ降りた。

そして、石畳の庭をぬけ、重厚感のある玄関へ赤ん坊を下ろした。

 

母鳥:幸せに生きてね

 

赤ん坊の絹のような頬をやさしくなでる母鳥。

 

母鳥:さようなら

 

頬にあてられた手は震え、別れをためらっている。

 

母鳥:さようなら

 

母鳥はその場から勢いよく舞い上がった。もう赤ん坊から母鳥の姿は見えない。

一枚の羽をにぎりしめる赤ん坊のちいさな手。反射か寂しさか、赤ん坊はその羽を強く握りしめた。

そして、泣いた。

月明かりが赤ん坊の涙を際立たせる。

すると、はばたきの音が聞こえ、母鳥が戻ってきた。

母鳥は赤ん坊を抱きしめる。赤ん坊は泣くのをやめなかった。

それから母鳥と赤ん坊は、世界を旅した。

人間に触れさせ、人間として生きさせた。

赤ん坊が大きく成長し、一緒に飛ぶことができなくなっても、母鳥は一緒にいた。

赤ん坊は少年になり、仕事のできる年齢になった。

母鳥と過ごす時間が減り、自分以外の人間との時間が増えた。

気付いたとき母鳥は彼の目の前にはいなかった。

数十年前の話である。

 

 

夢のような話をし終わったとき、太陽はもう沈んでいて、空には大きな月が出ていた。

 

女:また聞かせて

 

女はそう言い、男は涙を浮かべた。

 

 

               おわり